連載七 「フーテン」の季節 その二


 そんな訳で「フーテン見物」のつもりが、どこまで見物でどこまで当人フーテンそのものになってきているのか、そこんところがはっきりしないような状態になって、でもとにかく遊んでいた。でもまあ遊ぶと言っても今考えると罪の無い遊び…いろんなクラブで踊りまわる、喫茶店にたむろする、公園で騒ぐ…その位の事だった。

 私は自分のことを「林道静」リン・タオチンという名の中国人だと嘘をついて、さらに自分はそういう名前の中国人の男だと言って遊ぶようになった。

 すると当然というか、私のことを男の子と思い込んだ男の子の友達が何人かできた。そしてそういう子たちとクラブとかに遊びに行った時、つまり若い男の子のグループに対する女の子の態度に私はびっくりした。それまで女として生きてきた私が見た事もないような表情を、それら若い女の子は浮かべるのだ。それはどんな表情かと言うと、ズバリ欲情して誘っている…としか言いようが無い、そういう表情だった。そして声、明らかに女同士では出さないような甲高くて甘い声、つまり女同士ではドレミのドで喋っていたのが、相手が若い男のグループになると、ミ、か、ファくらいには高くなるのだ。

 とても面白いと私は思った、そして私自身のスタイルとルックスに感謝した。それのおかげで、「女の子の秘密」を見ることができたのだ。

 さらに男の子としての私は本物の男の子達の男同士としての意外なやさしさを知るのだ。

 もう名前も覚えていないのだけれど、「風月堂」で知り合ったひとりのフーテンの男の子となぜか二人で公園に行ったことがあった。ふたりでベンチに腰掛けて色んな事を話していた。そのとき私は自分のことを、つまり一人称を「俺」と言っていた、その男の子は自分のことを「僕」と言っていた、そして彼は言った。

「あのさ…自分のこと俺って言うの、やめた方がいいんじゃないかな…」
「えーっ、なんでだよ!」これは私
「だってさ、なんか野蛮な感じがするよ…」
「そうかな…」
「それにさー、君ってなんかすごく女性的な感じがするんだよね」
 その言葉を聞いてギクッとした私ではあったが、とぼけて言った
「エーッ俺のいや僕のどこがそんなに女性的なのかな?」
「どこっていうんじゃないけど、何となく全体的に…」
「うーん、なんでだろうな?」
「…もしかして君ホモの気とか無い?」
「いや、自分では解らないけど…」
「多分、そうなんだよ…」

その男の子は私が本物の女の子だという事には全く思い至らず、タオチンという中国系のフーテンの男の子(つまり私)の事をホモだと思い込んでしまった。そして。

「あのさ、僕の知り合いとかいろいろあたってみるよ、多分ホモの人いるんじゃないかな…いや絶対いるよ、そしたら君に紹介するから…」
「うん…いや…有難う…」
 私は取りあえずはお礼をいうべきなのだろうと思ってそう言った。そしてその男の子の友達に対する真からの思いやりと優しさにちょっと感動した。感動のあまり私は言った。
「あのさー、ちょっとだけキスしない?」
「…うん…」
 そして私とその男の子の二人は公園のベンチでほんのちょっとだけ軽いキスをした。

 次の瞬間二人ともベンチから立ち上がり、
「おえー、やっぱ男同士じゃな…」
「そうだよな、気分でないよな…」
 そんな事を言いながら二人ですごく照れあったのだった。けれども私は深く感動していた、男の子同士の深いいたわり、やさしさ、それはたまたまその男の子だけの個性だったのかもしれないけれど、それに似たフィーリングをほかの男の子から感じることもあったし、とにかく私が女だと知っていたら決して出てこないような男の子特有の素朴なやさしさ、思いやり、それを感じることが多かった。

 あの時公園でふざけてキスした人、ほんとうにごめんなさい。別に誰かをからかってやろうとか、そういう意図ではなかったのです。

 そのころ私がいっしょに遊んでいたフーテンの男の子達はみんな学習院とか早稲田とか東大とかの学生で、基本的にはお坊ちゃんで、根が上品な人達がほとんどだった。あれから、みんなどうしているのだろう?やっぱりサラリーマンになって、結婚して、子供が生まれて、さらにその子供が生まれて、今頃は「お祖父さん」とか呼ばれているのだろうか?そして私もその分だけ年をとっているのは確かなことだ。今の時点からあの頃を思い出すと本当にめくるめくような日々だったとしか言いようが無い。いろんな季節があっただろうに、何だかいつでも真夏だったような気がするから不思議だ。忘れもしないクリスマスイブの夜中。「風月堂」で知り合った女の子と二人、私は素足に皮のサンダルを履いて真冬の新宿を何時間もうろついていた…その時のこともなぜか真夏の出来事だったような気がするから不思議だ。「真夏」だったから、あんなに何の理由もなく、目的も無く真夜中の新宿を歩き回ったのだろう。さらに「真夏」だったからあの時あんなにも寒かったのに違いない。

 私はその時熱を出して倒れてしまった。そして一緒に歩き回っていた女の子のアパートに転がり込んで寝込んでしまった。体温計は無かったけれど、よっぽどすごい熱を出していたのだろう、後にも先にもその時一回だけ、私は幻覚を見た。新宿の町並みの全てが電飾で飾られて私の見上げるアパートの天井でギラギラ輝いていた。やはり「真夏」だったのだろう。


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